願いあれこれ

0~7歳の子供といるかけがえのない素晴らしい時間!

「人間」は21年かけてゆっくり体をつくっていきます。
●0~7歳  体の基礎をつくる時期。共感、世界と一体。
●7(歯の生え変わり)~14歳までは主に胸・感情が育つ時期。「私」に気が付く。
 9歳頃からの反抗期を通しながら自己を確立しようと一生懸命他とぶつかります。
●14~21歳 自我の目覚めの時期、少しずつ客観的に物事を理解する。
思考内容を現実世界とつなげようとする。「~をしたいがどうやったらできるか」など目標に向かって手足を使おうとする。
 21歳以降は心・魂の成長、42歳以降は精神の成長期となります。

 0~7歳はまだ地上に降りたばかり

「ぞうさんぞうさん、おはながながいのねえ
そうよ、だってかあさんもながいのよ」

●子供の世界に常識はありません。周りの大人、環境、見るもの全てに共感し、一体になり、無意識に模倣します。対象物との距離は現実の距離よりも内面世界での距離でみています。ですから道路の向こうにお母さんをみつけると、例え大きな川があったとしてもすぐに走り出して行こうとします。
対象物を見つけた!と同時に手が出て、何だろう?と同時に口に入れたりします。
そんなわけでお母さんはひやひやします。「なんで飛び出すの!」「なんで~するの!」と叫んだところで「なんで」が全く無意味で空虚な言葉として響き、この頃の子供に動機を問うなんてとってもナンセンスなことに気が付かされます。

●こどもは模倣を通して体から学んでいく。
頭で理解をして学ぶのは大人の学習の仕方です。殆どの言動は模倣から来るものであり、しぐさは内面の声です。自分で考えて決めさせる、判断させる、言葉であれこれ説明して理解を求めるのは酷なのです。
 先日自動販売機の前で小さな子にお母さんが「ジュースどれ飲みたい?どれがいい?本当にこれでいいの?」とさんざん聞いて決めさせて、出てきたジュースを一口飲んで「やっぱりもう要らない」と子供がいうと「自分で選んだんでしょ」と怒られてしまう災難を目撃しました。
 まだ産まれて数年しか経たないこの時期は大人でいえば目をつぶって歩いている状態に似ています。目的地が見えないのに、言葉だけで「みぎ!ひだり!そっちじゃない!なんでそっち行くの!」と怒られながら誘導されるより、やさしく肩に手を添えて温かく「こうよ、こうよ、そうなのよ、こっちでいいのよ~」と誘導されたいものです。
 

テレビ、ゲームについて

●テレビ、コンピューター画面、ゲームの危険
 テレビは誰にでもわかりやすく、様々な世界の情報を短時間で知る事が出来るので忙しい大人にとっては大変便利でありがたい製品です。しかし、展開も速く余計な情報も沢山。点けっぱなしにしている時、大人は「この情報はいらない、いる」を頭の中で分けられますが、小さい子供達は全てを無意識に吸収してしまいます。
テレビは、体で学習する時期に、体を伴わず刺激を得る事ができてしまいます。しかし受身の状態は、楽しんでいるように見えて実はストレスがたまります。映像は他者からイメージを与えられるので、自らイメージする事を抑えられてしまいます。それは自ら喜びをつくりだす力を抑えられているともいえます。ストレスがたまると、必ず発散します。程度は色々ですがしばしば暴力的な行為となって発散します。お友達を叩く事が多くなったり、言う事を聞かず暴れる事が増えた時は、「テレビを見せておとなしくさせている時間が長くないか」という事もあるかもしれません。また、付けっぱなしの環境は、常に一方的な語りの中にいる事になります。
 
自らの遊ぶ力は、大人になった時の「自らの道を行く力」になります。

本来、子供達はテレビを見る暇など無いくらいに遊びたい事が山ほどあるのです。しかしテレビが習慣化してしまって「見せない」事の方が不自然になるご家庭もあると思います。家族皆でテレビを囲む時間もあると思います。ですから、まずはそれぞれの家庭に合わせて時間を決め、何をいつ見るかを意識的に選んで見てみます。対策のひとつとして、見る時以外は、主電源を切り、部屋にしっくりなじむ布をテレビにかぶせてみる事はすぐに出来ます。何よりもテレビの画面が隠れるだけで部屋の雰囲気が変わる事がすぐにわかります。

おもちゃでもそうですが、「こうやって遊ぶものだ」と決まっている完成されきったものばかりで遊んでいると、自ら遊びを見付ける事が難しくなって、さらに新しいおもちゃ、もっと機能の優れたおもちゃ、とエスカレートしていきます。そのひとつがゲームだといえます。
ゲームはボタンひとつで「命令を下す」作業。小さいうちからゲームをさせると、ゲームの無い時間が耐えられなくなり、癇癪をおこす事もよくあります。
ある日の電車の中での出来事ですが、3歳位の子からお母さんがゲームを取り上げた途端、床に背中をつけて暴れ出し、お母さんは傍目を気にしたのか「はいはい」とまたゲームを渡すと、子供は何事もなかったかのように静かになったり、小学生の子がゲームに負けたのか舌打した後電車の扉を蹴っている姿も見た事があります。極端な言い方ですが、その瞬間思い通りにならない事に耐えられられなくなります。実は暴れるのはゲームをしていると自然な体の反応なのです。使うべき体を置きざりにしているのですから、癇癪や強い足蹴りとなって集中的に発散します。幼い子であればゲームを取り上げて一週間もしない内に忘れてしまうでしょう。大人がゲームをするのと子供がゲームをするのは全く違います。画面のゲームは体の出来上がった大人の遊びである事、子供の目のある電車や公共の場でのゲームを控えるという意識が社会全体に芽生える事を願っています。